日本と日本の農業を想うブログ

注目

農業の現場で起きていることは、一般に思われていることやメディアの報道とは相当違う。
そのようなギャップを冷静且つ論理的に、そして時に日本社会全体まで俯瞰して、書き綴っていくブログです。畑での作業風景、作物の生育状況等の掲載は、情報漏洩防止の観点から基本的に本ブログの対象外とさせて頂きます。

ニュースリリース -タウンニュースで当園のホップ栽培について取り上げて頂きました。

タウンニュース港北区版2019年8月22日号で当園のホップ栽培の取り組みについて取り上げて頂きました。
「ホップがつなぐ仲間の輪」
https://www.townnews.co.jp/0103/2019/08/22/494141.html

当園のホップ栽培について取り上げて頂くのは、今回で3回、3年目です。
過去の記事についてはこちらになります。
「今季、初収穫」 2018年8月16日号
https://www.townnews.co.jp/0103/2018/08/16/444318.html
「横浜産ホップで地ビールを」 2017年9月7日号
https://www.townnews.co.jp/0103/2017/09/07/397368.html
・・・この時は、トップニュースでした。

当園は、今後もホップ栽培等を通じて、お客様に喜んで頂くため、地域農業振興へ貢献するため、日々精進して参ります。

ニュースリリース -テレビ神奈川「かながわ旬菜ナビ」で当園のホップ栽培が取り上げられました。

2019年8月18日放送のテレビ神奈川の「かながわ旬菜ナビ」で、当園のホップ栽培の取り組みを取り上げて頂きました。(番組タイトル「横浜産ホップで広がる仲間たち」 番組HPバックナンバーリンク http://www3.tvk-yokohama.com/navi/2019/08/2019818_1.php)また、普段の当園の野菜栽培・販売の取り組みについても取り上げて頂きました。
今回、取り上げて頂いたのは、地域農家の方々、農協の方々、テレビ神奈川の方々、横浜ビール様など、数多くのご関係者の温かく力強いご支援を頂くことができたことで、実現致しました。ご関係者の皆様には、深く御礼申し上げます。

番組最後の今後の抱負で触れたことでもあるのですが、現在、ホップ栽培を横浜で行うことは大変珍しいことではありますが、お客様、地域農業の発展を考えると、特別なことをしている訳ではなく、当園に出来ることを出来る限りしているだけのことであります。そして、これが農家ならではの楽しみであり、農業の面白さであり、農業はまだまだ色々な事が出来る、その可能性を示す1つの事例になれればとも考えております。

当園は引き続き、ホップ栽培等を通じて、お客様と地域農業振興のために、日々努力を続けて参ります。今後とも、変わらぬご支援賜れますよう、宜しくお願い申し上げます。

番組レポーター(旬菜キャッチャー)の”いっとちゃん”と

ニュースリリース -古川原農園の経営発展に伴うJTFファーム株式会社への経営移管について

2013年4月に古川原農園が開園して以来、個人農家としてこれまで経営を行って参りましたが、この度2019年8月、経営発展に伴い、JTFファーム株式会社へと法人化、農業経営を移管しました。

法人化によって、当園の経営理念である「食卓に 香り豊かな感動を 味わい深い歓びを」を更に追求し、より多くのお客様方へ美味しい野菜をお届けしたいと思う所存です。また、従業員の福利厚生の充実、地域農業への貢献も更に追求したいと思う所存です。

店頭の販売においては、これまでお客様方に親しみ頂いている「古川原農園」の名称にて、販売継続して参ります。

当社は、「食卓に 香り豊かな感動を 味わい深い歓びを」の経営理念を追求するため、今後も努力を続けて参ります。
ご関係者様の変わらぬご支援、お客様方の変わらぬご愛顧を賜れますよう、宜しくお願い申し上げます。

労働は美徳、勤労は義務

日本国憲法で定められた、国民の三大義務の一つでもある、勤労の義務。
これは農業を実際に営む者からすると、とても自然な発想に思えるのである。逆に言うと、農業をしていて自然発生的に生まれる考えが、この勤労の義務に反映されているのではないかとさえ思えるのである。

その”自然発生的に生まれる考え”なのであるが、出発点は、ある日ふと気付いたことなのであるが、自分の運命は、自分がいつも闘っている虫や草と同じでしかないのではないか、というところにあった。雨に打たれ、風に吹かれ、他にも運が悪ければ命を落とすかもしれない。厳しい自然の脅威に晒され、生存競争を闘い抜き、そしてやっと命を繋いでいる。そしてその中で、良い時には繁栄し、悪い時には滅んでしまう。
そのような環境の中で、皆精一杯生きている。そして一日たりとも休みなく働いているように見える。逆に言うと、精一杯生き、働くことを止めてしまったら、その時点で生を放棄し、死を迎えることと同じになってしまうのだ。競争を耐え抜き、運命に抗い、一生懸命生きようとしている。これは何と美しいことなのだろう。これを生命の輝きと言わずに、他に何というのか。

翻って、自らの身を省みてみる。虫や草と同じように、日々一生懸命、休みなく働いている。それはそうしなければ、野垂れ死ぬことが分かっているからだ。だからこそ、日々ただコツコツと仕事するしかない。日々、ただ懸命に仕事をすることは、虫や草が一生懸命生きようとして、生命の輝きを放つのと同じなのである。懸命に仕事をすることは美しい。人間にとって、労働は美徳でさえあると思う。

そのように働くのを止めてしまえば、自らの運命がどうなるか、当然分かることだ。それが分かるのにも関わらず、もし働かないのだとしたら、それはただの怠慢、生の放棄でしかない。だからこそ、勤しんで働かなければいけない。勤労は当然そうあらねばならないこと、自らの生に責任をとるための義務でしかない。

これが厳しい自然相手に、日々仕事をしている人間のごく自然な発想である。周りの農家の方々も、一生懸命仕事をすることが素晴らしいという価値観をお持ちのようだ。現在の憲法が制定された終戦直後、日本国民の約半分が農民であった時代には、日本全体でごく自然に共有されていた考えなのではないか。日本の農業の感覚が、憲法にまで反映されている、自分はそう思わざるを得ないのである。

少し話を発展させよう。前に、「勤労が義務なのはおかしい」と言っていた大学教授の方がいらっしゃったが、申し訳ないが、自然相手に仕事をしている人間とその感覚からすれば、非常に的外れな話だ。農業の世界とその感覚が現在社会から切り離されることを、自分は少しも悪くは思わないが、自然相手に生きる厳しさ、それが生命の本来の生き方であることを全く知らずに、そのような主張をされることは心外なことだ。そのように言われる方には、ぜひ一度、自然相手に仕事をする、生きることの厳しさを経験して頂きたいとさえ思う。

あと、ベーシックインカムの議論がここ数年流行っているが、これも同様にとんでもない議論だと思う。何もしないで生きていくことができるなど、自然の摂理、生命の原理原則に反することだ。そんなことを言うのであれば、自然相手に覚悟を決めて日々闘い、仕事をしているにもかかわらず、最低賃金も稼げない農家の方々の生活の保証をどのようにしてくれるのか。

この日本の農業から生まれたとさえ思える素晴らしい価値観が、今一度、現在の社会で見直されることがあればと願う。
そして自分はただ愚直に、日々、虫や草の様に、生きるために働き続けたいと思う。

和食の裏に見える農業

和食は塩分が多い。
言わずと知れたことではあるが、その理由が何故か、的確な説明を聞いた覚えがない。
塩分が多いのは和食だからと、意味不明な逆転の因果関係を聞いたことが過去多かっただろうか。保存食や漬物に塩を用いていたから、という説明もあるようだが、
世界の食と比べた中で、なぜ和食が、という疑問に十分答えているのだろうか。

そのようなことは過去考えもしなかったのではあるが、日々の農作業を通じて、ある日突然、妙に納得がいく答えを得ることができてしまった。

夏の暑い時に、畑仕事をしているときにかく汗の量は尋常でない。朝のまだ暗くて涼しい(近年は涼しくないが)時間帯であっても、湿気がものすごく、30分もすれば、シャワーを浴びたのではないかと思われる程、汗をかくのである。それに応じて、大量の水を飲むのであるが、これがまた大変不思議なことに、水を飲み続けると、水分を摂っているにもかかわらず、途中から汗が出なくなるのである。そして何となく体が重くなる。しかしながら、ある日発見したのであるが、塩分を補給しながら水分を摂り続けると、汗が止まるのを防ぐことができ、体が重くなるのも防ぐことができるのである。

塩分の補給が大事、塩分は農作業をするには多く摂らないといけない、この考えに至ったとき、和食に塩分が多い理由が分かった気がした。日本の気候の中で、農作業をするのに、必要に迫られて、塩分を食事で多く摂るようになったのではないか。そして、和食の文化が、日本の農業を背景として生まれてきていることを思えば、和食に塩分が多く含まれるようになったとしても、自然なことなのではないかと思う。

その文脈で考えると、伝統的な作りの梅干しが、なぜそれほど塩分濃度が高いのか、よく分かるのである。実際、自分は毎日、昔ながらの梅干しを食べながら仕事をしているのだが、塩分補給に大変助かるのである。自分だけの意見ではないのだが、梅干しは本当に農作業の伴である。

話は逸れるが、学生時代にフランス語の先生が、フランス人は朝食に、起きてすぐ活動できるよう血糖値を上げるため、甘い朝食と取る、と言われていた。また、対してイギリス人は、しょっぱい朝食をとる、世界には甘い朝食としょっぱい朝食があり、日本はしょっぱい朝食ですね、とも言われていた。これもまた何ともなしに聞いていたのではあるが、農作業に従事するようになってから気付くことがあった。自分は長年、甘い朝食派であったのだが、起きてしばらくすると、甘いものよりしょっぱいものが欲しくなるのである。起きてすぐ農作業を行い、一仕事済んだ後に取る朝食はしょっぱいものが適しているのであろう。日本の朝食が伝統的にしょっぱいのは、農業所以なのであろうか。イギリスの朝食については、朝の散歩の習慣が影響?しているのか、こちらについては全く見当がつかない。

和食の裏に農業の影響を見たような気がした。そして納得するところがあった。蛇足にはなるが、和食に塩分が多いと悪く言われるかのようになったのは、現代日本人の多くが農業から離れて、生活スタイルが変わり、塩分を必要としなくなったからだけなのではないか。梅干しが今では低塩分のものしか見ないようになったのは、本当にその表れでしかないように思う。

あまり根拠のない議論の展開とはなってしまったのではあるが、生理学あるいは栄養学の観点から、いつか自説が検討されれば、と願っている。

農家の”資格”

農家とはどのような人を指すのであろうか?
最近、考えることが多いのである。

農家の言葉の意味は、辞書によると「第一次産業である農業を家業としている世帯や、その家屋のこと」ということらしい。業として農を営む者、至極まっとうな定義である。
ただ、この定義だと実際に判断するのに非常に曖昧で、農水省の定義を引いてみる。それは、「経営耕地面積が10a以上の農業を営む世帯または農産物販売金額が年間15万円以上ある世帯」(1990年世界農林業センサス以降の定義)。

この農水省の定義は、非常に分かり易いのであるが、現実には、色々と疑問が出てくるのである。 1)自分で管理している農地が10a以上は一応あるのだが、そのほんの一角で自分で食べる分だけを作っていたら、農家となるのであろうか? 2)今は、自分の代では、全く農作業はしていないけれども、昔からの農家の生まれで家を継いで、農協の正組合員他の資格も継いでいる人は、農家なのか否か? 3)一方、自分のような新規就農者で、収入を得る手段として農業はしているが、伝統的な農家の生まれでないと、農家と呼ぶのに相応しいのだろうか?
ぱっと思いついた3点について以下に考察を深めてみたい。特に、3点目は、自分の立場にも関わるだけに、深刻な視点でもある。

まず、1点目の、自分で管理している農地が10a以上は一応あり、その一角で自分で食べる分だけを作っている人についてであるが、これは当然、農家とは呼べないだろう。畑を全面利用はしないのだが、税金対策その他の為に、その一角でちょこちょこと作物を作っておく、という話は非常に多い。それで、畑一枚全てを畑として利用していると主張する輩が多いのだが、畑の管理と畑の経営は全く別の話だ。”経営”の意味が、営利あるいは自己の消費を目的として、という意味に捉えるのであれば、実質的に作付けがなされている面積で判断されるべきで、もし作付がほんの一角で、10aに達していないのであれば、農家とは呼べないはずである。むしろ、農水省による”販売農家”(経営耕地面積が30a以上または農産物販売金額が年間50万円以上)という定義の言葉があるのだが、これ位のレベルにならなければ、農家と呼ぶには相応しくないと思う。また、時々言われているが、自給的農家(販売農家以外)を農家として扱うのは本当に適切なのだろうか。

次に、2点目の、全く畑仕事はしないのだけれども、農家の後継ぎで農協や集落その他の集まりでの資格を有している人については、なかなか扱いが難しいところである。畑仕事をしない以上は、当然農家ではないのであるが、同じ集落の中で暮らす以上、角が立つようなことは当然言えないし、出来ないので、これまで通り、”農家”としての待遇を周りから受け続けるのである。また折しも、農家の数、コミュニティがどんどん縮小している今の時代、少しでも農家の輪から人が減らないよう、周りも気を使う。

最後に、3点目の新規就農者については、収入を得る手段として農業を営んでいるだけでは、農家とは言えないだろう。やはり農家とは、単に経営上の問題だけではなく、それなりに社会的な地位が反映されて初めて与えられる”称号”である。その社会的地位とは、集落のコミュニティでのメンバーシップを得ていること、農協の正組合員であること、そこに所有している土地があることなどがあると思う。逆に、新規就農者で自分の事を”農家”だと言う人が少ないのが、その事を逆に証明しているようにさえ思う。
余談にはなるが、少し前に農協改革で、散々、農協が叩かれたが、農協とは農家の集まりそのものであり、農家の集まりは農協そのものである。農家であるならば、やはり農協の正組合員であることが好ましく、農協の正組合員なら農家であるとは言いにくいのだが、農家であることを示す重要な社会的地位であると思う。

以上、”農家”の定義の実際について考えてみた。農水省が決めた定義通りに割り切れないのが農家の実際である。経営上の問題だけでなく、周囲の人々との気持ちの関わり合いもあって、”農家”として認められるか認められないかが決まってくる。これはもはや、農家とは、”定義”によって決められるものではなく、まるで”資格”のように、周囲の人々に認められるかどうか、ということではないだろうか。

ここまで話をして、翻って自分自身を省みたい。経営的な指標は当然クリアしている。日々、畑に出て仕事もしている。そしてまた、周囲の方々の温かいご支援があって、集落の輪の中に入れさせて頂いた。農協の正組合員にもなり、自分の地所も持った。就農5年程経った頃から、ようやく自分自身のことを胸を張って、「自分は農家だ。」と言えるようになった。逆に、それまでは躊躇いしかなかった。

これからは、いち”農家”として、胸を張り、誇りを持って、この仕事を続けて行こう。
そして、この国全体の農業に貢献できるよう、頑張って行こう。

ニュースリリース -F&F横浜ジョイナス店での販売開始について

今週からF&F横浜ジョイナス店様にて、当園の野菜のお取り扱いを始めて頂くこととなりました。今後、毎週月曜日16時頃より、店頭に並ぶ予定です。

販売される野菜は、他のF&F様の店舗での販売同様、追熟・乾燥が必要なものを除き、当日収穫します。横浜の中心地は、採れたて野菜が手に入り難い場所ではありますが、お客様価値実現の為、F&F様と当園の強い協力関係により、当日収穫当日販売を実現致しました。収穫当日でしか味わうことのできない、野菜の真の採りたての味と感動をご提供して参ります。

同時に、横浜の中心地で販売開始できることは、横浜で農業を営む農家の1人として、大変嬉しいことであります。横浜にお住まい、或いは、横浜を訪れられる、1人でも多くのお客様に、当園の収穫されたばかりの地場産野菜をお手に取って頂ければと思います。また、横浜の中心地で横浜産の当日収穫の野菜を販売することで、少しでも地元横浜の農業に注目が集まり、その発展に貢献できることを心より願う次第です。

当園は、今後も当園の基本理念「食卓に 香り豊かな感動を 味わい深い歓びを」実現のため、今回のF&F横浜ジョイナス店様での販売開始、並びに、他店での販売において、本当に美味しい野菜のご提供に、日々努力を重ねて参ります。

植物工場の”不都合な真実”

近い将来起こりうる食糧危機の救世主かのようにも語られる植物工場。
自分も、学生時代は、植物工場しかその手段がないように、また、日本の農業はその道に進むべきと思ったことがあった。しかしながら、今は全くそう思わない。植物工場などナンセンスだ。それは農業の実際を知り、植物工場をいくつか見てきた中で、そう判断できたからだ。

どうもこれは日本の悪しき風潮なのではないかと思うが、目新しい技術が出てくると、世の中が勝手にその方向に向かって、”良くなる”と思い込んでしまうようだ。マスコミ等メディアでも、良いイメージばかりが伝えられるが、実際そんなに上手くいっていない。現に、日本施設園芸協会によると、2017年時点で、黒字の植物工場(人工光型)は、たった2割しかない。つまりほとんどの植物工場は経営として上手くいってないわけだ。

でもそれは当然だと思う。それだけ植物工場の運営にはマイナスポイントが多いからだ。関係者・マスコミは何故そのような話を正しく語らないのだろう。その普通語りたがられない”不都合な真実”を、ここでは明らかにしていきたいと思う。

なお、植物工場の言葉の定義も厄介で、慣行のビニールハウス栽培から、いわゆる完全な植物工場型まで、連続的に様々なタイプの施設栽培があり、どこからが植物工場と言い切るのはなかなか難しい。しかし、ここで植物工場とは、いわゆる一般的に一番イメージされ易い、閉鎖空間で人工光を用いた栽培をする施設を指すことにする。

さて、そのマイナスポイントだが、3点ほどあげたいと思う。

1点目は、品質の問題である。これは閉鎖空間で人工光を用いるから当然なのであるが、作物は軟弱にしか育たない。また、多くの場合、水耕栽培だ。すると、どうなるかと言うと、関係者が口を揃えて言うのは、3日で”溶ける”というのである。”溶ける”というのは、農家がよく使う言葉なのだが、腐るのではなく、作物の組織自体が崩れていくのである。3日で崩れるようでは、はっきり言って商品にならない。完全に隔離された環境で栽培されて無農薬だとか、洗わずに食べれるなどといくら言っても、すぐ”溶ける”のはいかがなものか。なお、露地で野菜を作っていても、大雨が続くと野菜が部分的に溶けることがある。農家の立場からすれば、植物工場の野菜がすぐ”溶ける”くらい、容易に想像がつくことなのだ。

品質では、味の点でも疑問である。植物工場の野菜が美味しいとまことしやかに語られることもあるようだが、普通の農業であっても、ハウス物の方が露地物より味・風味が落ち(あくまで一般論であり、時季、栽培方法等多くの影響で変わる)、水耕栽培が土耕栽培より味が落ちるのは(これも一般論)、言うまでもないことだ。ましてや、完全閉鎖で、雨風その他の攪乱が無く、水耕で、太陽光よりずっと弱い光で軟弱に育った野菜の味はどうなのであろうか。きっと、美味しいという意見がでるのは、水分量が高いことと、採りたてを食べているから出てくる意見なのだろう。

2点目は、コストの問題である。植物工場では、光の照射に大量の電気を必要とする。また、閉鎖型であるが故に空調(冷房)にも電気が必要である。光を作るために費やす電力は最終的には熱エネルギーになってしまうのだから、特に夏場は高温になる。一方で熱を起こし、一方で冷やすとは何とも無駄なことだ。また、水耕栽培では水を大量に使用する。その水は、栽培そのものよりも、設備の洗浄にそのほとんどを使用しているようだ。養分の含まれている水を流しているのだから、魚を飼う水槽のように、大量の藻が発生するのである。よく写真で見る食品工場のようなきれいな植物工場を保とうとしたら、その洗浄は大変なことだろう。

3点目は、栽培品目が限られること。水耕の植物工場の場合、根菜は不可能だ。また、収穫まで時間がかかり、スペースも取る穀物、果菜類も現実的でない。そうすると、成長が早く、すぐに収穫できる葉菜しかないということになる。その中でも、価格に見合うようにするとしたら、非結球レタスかベビーリーフ位しかない。実際、植物工場の事業者の栽培品目はこれらに集中している。これだけの種類しか作ることができない植物工場に、社会的にどれほどの意味があるのか。

植物工場の、一般には語られることのない、マイナスポイントについて纏めてみた。これだけ”不都合な真実”が積み重なっているのだから、植物工場の運営が上手くいかないのも十分納得がいく。さらには、普通の農家が作物の販売に苦労し、収益の悪さに喘いでいる環境下で、生産物を販売しなければいけない。まるで良いことがないようにしか見えない。関係者やマスコミ等メディアには、事実を正しく伝えてほしいと思う。その上で、有用性について議論や検討がされれば良い。行政も支援や規制緩和には、冷静になるべきだと思う。

否定的なことしか言わなかったが、今後、技術革新が続けば、植物工場が世に拡がる日が来るかもしれない。また、人類が宇宙に進出するときには、必要な技術になるだろう。ただ、それまでは、非常に限定的な応用になるはずだ。

奇跡のリンゴを食べてみた

昨秋、かの有名な木村秋則氏の”奇跡のリンゴ”を食べる機会に恵まれた。
自分も研修時に、奇跡のリンゴの本を読んで、それなりに感銘を受けたりしたものである。そして、実際に食べてみたいと探しはしたのだが、実現に至らず、そして遂にその願いが叶ったのである。

手に入れたうちのいくつか。もう少し大きいものもあったが、テニスボール大。

その感想なのであるが、誤解を恐れずに書こう。りんごはもっと美味しいと思う。
ネット上には様々な記述があるようだが、自分は一農業者の視点としてそこに一意見を加えよう。
自分は果物は専門でないし、その経験のほとんどは野菜である。しかしながら、このリンゴを切った時、食べた時にすぐ分かったことは、このリンゴは明らかに肥料不足で生育不良である。そういう味がする。野菜でも同じような生育状況のときに、同じような食感、味になることがある。この実の詰まり具合、組織の硬さは、すーっと健やかに育った場合は、起こらないことだ。味の表現は難しいのであるが、味・香りに欠けるところがあり、全体的に力強さが不足し、アクとはまた違う特有の渋を感じさせる。

否定的な書きようのようであるが、決して美味しくなかった訳ではない。普通に美味しく頂くことができた。一般に売られている状態の悪いリンゴよりは美味しい。ただ、自分が買いたいと思って買い求めるりんごの程ではなかった。あと、参考に、リンゴの切り口が茶色く酸化したのは、普通のりんごよりずっと早かった。

野菜を作っていて思うのは、果物で無農薬はとうてい無理だろうということである。野菜はまだ短期間だから、また、病害虫への抵抗性が果物よりはずっと強いだろうから、果物は不可能だろうと思うのである。その中で、特に病虫害に弱いリンゴを無農薬での栽培を実現したという氏の功績は確かに称えられるべきことと思う。自分も昔、地方在住時にりんごを植えたことがあったが、度重なる病害虫であっという間に枯れてしまった。

さて、前段が長くなったが、今回このリンゴを食べることができて思ったことの中心は、単に上記味の感想ではない。そこから派生して2点ほど常々感じていることを、再度思い直した。やや話が一般化し過ぎるが、また安易な一般論の展開は論理的な正しさとは相容れないものではあるが、常日頃思うことであるので、記したいと思う。

1点目は、自然栽培に対する疑問である。自然栽培という言葉の定義自体がそもそも非常に曖昧なのであるが、肥料を施さないのが自然栽培であるとすれば、それで良いものはできないと思う。良いというのは、ここでは、作物が健やかに丈夫に育って、結果として食べて美味しいという意味である。生産マネジメント的な考え方をすれば、アウトプットを得るために、必ず十分なインプットが必要だ。作物というアウトプットを得るために必要な主なインプットは、水、二酸化炭素、光、養分である。(決して土ではない。)インプットをせずして、アウトプットを得ようとするのは、それはまるで無から有を生むようなものだ。もしそのような主張をするようであれば、それは、物理の最も基本的な法則である、質量保存の法則に反することだ。作物に養分=肥料は必要である。

実際、作物を作るのに施肥基準というものが各都道府県の農業試験場によって作られている。そして、それより多くても少なくても作物の出来は悪くなる。そのような場合は、病害虫もあっという間に増えて広がってしまう。食味も当然悪くなる。逆に、生育に丁度良い施肥ができると、作物は、見るからに伸び伸びと丈夫に育っていて、病害虫もほとんど発生しないものである。味ももちろん良い。
インプットを適切に管理することは、アウトプットを適切に得るためには、必要なことだ。そして、屋外で人間が一番コントロールできるものは養分=肥料であるはずだ。だから、自然栽培については、非常に疑問に思うのである。

話はさらに逸れるのではあるが、そういう自然栽培の考え方は、非科学的であると思う。自分は、非科学的・非学問的な主張、考えをするのは大嫌いだ。確かに、科学・学問は万能ではない。分からないこともある。また、現実社会では、商業的になりがちだ。しかしながら、この世の中で最も”もっともらしい”考えは、科学的・学問的な考え方であるはずだ。もし、非科学的・非学問的な考えを採用するのであれば、それは現代文明やそれを築いた人類の英知を否定することと同様である。だから、自分は科学的・学問的に考えたい。そして、自然栽培の考えには同意できない。

さて、2点目であるが、上記1点目を踏まえて、一部の小売・メディアによって、自然栽培が良いとする考えが必要以上に増幅されているようなのが気になる。表現の自由は守られるべきであるから、各人の主張の行為は認められるべきなのだが、農業を生業としたことがない、またそれを生業とすることの苦労を分かっていない外野が、さも分かったかのように流布するのには、強い違和感を覚えるのである。施肥が上手く行き、作物が丈夫に育ったときに病害虫がほとんど発生しないことなど、有機農家でなくても、まともな農家ならば、誰もが知っていることだ。逆に、施肥が乱れると、あっという間に病害虫にやられてしまうことも、皆知っていることである。知らないことは罪ではないが、十分実際を知らずに極めて一面的な主張をするのは罪深いことだ。

リンゴを食べて多くのことを思った。
世の中に広く、このリンゴと同様に、農業の実際を知ってもらいたいと思う。
それを強く願っている。

ニュースリリース -当園ホップの横浜ビール様でのご使用について

この度、8月28日に、当園で生産・収穫されたホップを、株式会社横浜ビール様のビール仕込みにおいて、ご使用頂きました。
横浜産ホップが横浜の地ビールで使用されるのは、今回初めてのことであり、その試みが高名な地ビール会社である横浜ビール様と行われたことに、当園としては大変嬉しく思っております。 

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ホップは一部の野菜と同様に、鮮度が極めて重要な作物であります。そこから出る香り・味は、大変失われ易く、劣化しやすいものです。そのため、通常のビールの生産で用いられるホップは、保存の為、収穫後、乾燥・粉砕し、ペレット状に加工されたものが使われております。しかし、そのようにされても、ホップの品質は変わってしまいます。一方、生のままの採りたてのホップを使用して仕込んだフレッシュホップビールは、そのホップの品質を反映し、味の良いビールが出来ると言われています。

そこで今回、横浜ビール様との取り組みにおいては、横浜ビール様での仕込みと同時並行で、ホップの収穫が行われました。ホップは、品質保持のため収穫中から保冷を行い、同日午後から収穫を始め、最短での釜への投入を実現しました。収穫・輸送においては、横浜ビール様の方々に多大なご協力を頂きました。

ホップを横浜で栽培することは、現在大変珍しいことではありますが、新鮮ホップによる味の良いフレッシュホップビールをお客様にご提供できることは、当園の目指す経営理念「食卓に 香り豊かな感動を 味わい深い歓びを」そのものであります。また、当園のホップは、アロマホップとして使われており、正に当園の名前「アロマフルベジファーム」を表すものであります。

今回、この取り組みが実現できたのは、横浜ビール様・ご関係者様の、温かいご厚意、ご協力があってのことでした。そのご支援に厚く御礼申し上げます。また、この取り組みは、ビールを愛する多くのお客様方がおり、素晴らしい地ビール会社があり、農業も残っている、横浜ならではの取り組みでもあります。これを機に、横浜の街が盛り上がり、素晴らしい地ビールが注目され、そして、横浜の農業が見直され、より多くの方々に横浜の農業の素晴らしさを知って頂ければと、願って止みません。

当園は今後も引き続き、当園の経営理念「食卓に 香り豊かな感動を 味わい深い歓びを」実現の為、ホップ栽培を含め、農作物の生産・販売に日々努力を重ねて参ります。