少し前、野菜の値段は高いものが多かった。そして、野菜の高騰で家計に影響が出るという、マスコミ報道も少なからずあった。直感的には理解できる内容である。一方で、生鮮野菜の家計に占める割合は数%なので、野菜の価格変動は家計に影響しないという記事もあった。そこで思ったのは、野菜の高騰が家計を直撃している/していない、という主張は、そもそも適切で正しいのだろうか。また、その理由を論じた情報を、ほとんど見つけられなかったのだが、野菜の高騰が家計を直撃すると報道されるのは何故だろうか。こちらについても、大胆かつ行動経済学の考え方を用いながら、考察を深めて行きたいと思う。
まず、野菜の高騰が家計を直撃していないという主張の、家計に占める割合の小ささは、根拠として妥当でないだろう。家計の中で削ることのできない固定的な経費、住居、水道光熱、交通通信、教育費など、出費の多くは既に確定しており、それ以外も削るのが難しい、あるいは削りたくない出費を更に差し引けば、野菜の出費は全体の数%しかないと無視できるほどに小さくはない。野菜価格高騰による出費増は、他の出費の調整で吸収できない程ではないだろうが、考えに入れる必要がある程度のインパクトは持つだろう。だから、早速結論を言うと、野菜の高騰は家計を直撃している/していない、の両方とも言えない、が最も正しいのではないだろうか。
だから、直撃している/いない、という事実よりも、直撃していると感じてしまう心理を正しく理解することの方が、野菜の高騰が家計を直撃すると報道される理由の理解に、必要ではないだろうか。そして、行動経済学の考え方を照らし合わせて考えると、そのように感じてしまう心理には十分な理由がある、と思うのである。ここではその理由を3つ挙げたいと思う。
まず1つ目は、野菜の値段には、他の出費に比べて、もともとシビアであるということ。行動経済学の用語の、”メンタル・アカウンティング(心の家計簿)” で、どの勘定、どの使い途になるかによって、そもそもお金の価値の重みが違う、と説明されるように、趣味などの遊興費には、気前良くお金を使えるのに、野菜などの食費は、少しでも節約しようとする。だから、野菜の価格の上昇は、厳しく感じてしまうのであろう。
次に2つ目であるが、野菜は食材の中で最も価格が乱高下しやすい特徴があるにもかかわらず、そもそも人は行動経済学で言う、”損失回避性(同じものを得るよりも、失う方が約2倍大きく感じる)” がある為、野菜価格が上げ下げする中で、高騰時にはより大きな痛みを感じ易いのだろう。
改めて考えてみると、野菜ほど、価格が乱高下する消費財は他に無いのではないだろうか。計画生産が難しい生鮮品の中でも、穀物や畜産物の価格変動はまだ緩やかだし、果物や魚介類は、シーズンや年毎の変動はあっても、野菜のように短期間で2倍も3倍も上がったり下がったりする食材は無い。だから、野菜の価格には反応し易いし、更にその反応が習慣化しているのではないか。
そして、野菜の価格が乱高下する中で、人の損失回避性の性格によって、価格上がったときに痛みを強く感じ、家計を直撃する感覚に繋がるのだろう。
最後に3つ目であるが、野菜はとにかく目に付く食材であり、野菜の価格の上昇が、あたかも家計にまで影響を及ぼすような、大きなウェイトを出費の中で占めているかのような感覚に至るのであろう。行動経済学で言う、”代表性ヒューリスティック(一部の情報を基に、全体を代表するものとして、簡易に判断する方法)” とは正確には違うが、目立つものが実際より大きな影響を持つものとして捉えられるところは共通しており、野菜はそのように捉えられるのだろう。
そしてまた改めて考えると、野菜は、スーパーで売られている商品の中心を成す重要なアイテムであり、店頭、或いは、店に入って直ぐの場所で、お店の顔となり、売り場に彩りを加え、また集客の為に、並べられているものである。そして実際、店にとっては、野菜は売上の主要な部分を占めており、一方の客にとっては、それを求めて来店する。野菜の小売の売り場での地位は十分に高く、消費者心理に大きな影響を及ぼすだけのことはある。
以上、野菜の高騰が家計を直撃していると感じてしまう、尤もな理由3つとなる。人は、従来の経済学が想定する合理的経済人(瞬時にあらゆる必要な情報を集め、分析し、最適解を導き出せて、しかもその時間と労力のコストはゼロのように低い)とは程遠く、行動経済学が想定する限定合理的経済人(合理的経済人の反対で、しかも、お金や時間、労力の価値自体もその時々で変化する)であるのが現実である。いやむしろ、”限定合理的”などと、まるで否定的な表現をされるのは不適切で、所与の諸制約や諸環境下で、お金や労力や時間など全てのコストやその時々の価値の変化をひっくるめて、合理的に判断しようとするのが現実の人間ではないだろうか。このように人を合理的主体として捉えると、野菜の高騰が家計を直撃していると感じてしまうだろうことは不思議ではないのである。そしてその様に、マスコミの報道では伝えられるのだろう。
マスコミの報道が必要以上に、事実を煽るのはもちろん良くないことである。しかしながら、これも人間社会の1つの側面、1つの真実であり、そこを冷静に捉えて、自らの購買行動の参考にすれば良いのではないか。そして、値段が下がった局面では、おそらく年末にかけて野菜の価格はかなり下がると予想しているが、その利得は損失に比べ感じ難いものであっても、ぜひそのお買い得感を最大限に感じて頂き、より多くの野菜をお求め頂ければと思う。