日本の有機農業はどこまで伸びるのか

日本の有機農業の現在と未来について、様々なことが言われるようだ。
オーガニック後進国だの、今後の成長が期待できる、など。
いずれにしても、日本における有機農業や有機食品の市場規模やシェアが、欧米諸国に比べ低いことがその理由のようである。
(有機農業取組面積の割合 日本0.5%、ドイツ8.2%、フランス6.3%、イギリス2.9%、アメリカ0.6%
1人あたり年間有機農産物消費額 日本€11、アメリカ€122、ドイツ€122、フランス€118、イギリス€35)

さらにその背景・理由として、日本の厳しい気象条件や高い生産・物流コスト、複雑で分かり難い認証制度、などが上げられるようだ。日本の厳しい気象条件はその通りだと思うが、それだけで十分と思えず、また、他の説明も根本的と思えないのである。また、実際の生産者や消費者の目線を的確に捉えてないようにしか思えないのである。

そこで、農業の生産と販売の現場にいる人間だからこそ分かり、普段語られることが無い、根本的と思われる理由を考えてみたいと思う。
そして、日本の有機農業の行く末を考えてみたいと思う。

まず、3つ+αほど考えられる理由をあげよう。

1つ目であるが、日本と欧米の生産と流通の体制に大きな違いがあり、それが、消費者の信頼感の違いを生んでいるのではないか。
欧米の農業は言うまでもなく、大規模で大量生産・大量輸送が主である。そして、生産の現場では移民、場合によっては不法移民が、労働力の担い手となっている。(日本の農業も外国人労働力に頼るようになってきているようだが、ひとまずこれは置いておいて。)そのような状況で、消費者の信頼を満たしていないのではないか。一方、日本の生産の現場は、小規模零細多数の家族経営の農家が中心である。また、欧米に比べれば輸送距離も短い。なんだかんだ言って、日本の消費者は、日本の農家が手塩にかけて作った、しかも高品質なものを、鮮度良く得られている。日本の消費者は、そのようにスーパーで手に取る野菜に、そこまで考えなくても、安心感を得られているのではないか。その状況で、農産物にそれ以上の価値を求めることがあるのだろうか。

2つ目は、農業のイメージ・環境に対する影響の考え方と、社会文化が大きく違う、という点である。
欧米では、農業は自然破壊の産業と捉えられている。そこで、なるべく環境に対して農業は優しくあったほうが良い=有機農産物が望ましいという考え方になる。一方の日本で、農業が自然破壊の産業だと考える人は、ほとんどいないだろう(自分はそういう考え方をしているが)。やはり、一般的な日本人の農業に対するイメージは、長閑な田園風景に象徴される、自然に調和的、或いは、自然の一部である印象ではないか。その中で、そもそも環境に対して、農業が環境に優しくあるべきだという考えが出てくるはずもない。欧米の消費者は、環境を考えて有機農産物を買うらしいが、日本の消費者は、自分の健康の為に有機農産物を買う。更に言うと、日本は欧米と比較して、公共の福祉の為に、個人の自由や所有権が制限されるのを、とても嫌がる社会であると思うので(街中の景観を見れば説明不要だろう)、日本の消費者が、環境の為に、高いけれども進んで有機農産物を買い求める、などという姿は絶対に想像できないのである。農業の環境に対する正のイメージに日本の社会文化が重なって、有機農産物に高い支持が集まらないように思うのである。

3つ目は、上記2点と重なるのではあるが、既に、日本の消費者は、日本の生産者を十分に信頼しているのではないか。
生産者のイメージと言えば、昔ながらの農家が、真面目にきちっと職人のように仕事をしているというイメージだろう(実際それでほぼ間違いない)。そのような人達が、農薬や化学肥料を使って栽培していても、きちんとルールを守り、食品として安全な基準を守って使用していると思えるのではないか。(さらにその前提として、農薬などの科学的な安全性を日本の消費者は信頼しているだろう。)また、欧米に比べれば物理的な距離も近く、それが心理的な距離の近さにも繋がっているところもあるのではないかと思う。そして前述の田園のイメージも重なって、性善説のようにしか捉えられない、日本の農家のイメージがあるのではないか。そのような信頼できる方々が作る農産物に、これ以上の信用が本当に必要なのであろうか?

+αの部分の理由であるが、冒頭に記したように、日本の厳しい自然環境はその通りだ。他にも、農家が共同体の中で、1人だけ違う生産方法を取り、周りに迷惑をかけられない、和を乱すことはできないという意識も強いと思う。

以上、有機農産物が日本で現状それほど広まっていない理由について考えてみた。日本社会と農業の特色を考えてみれば、そのような結果になるのは、ごく自然なことと思える。決して後進国なんてことはない。それだけ、現状の農業・農産物に優位性がある、というだけのことなのだろう。

そうすると、日本の今後の有機農業はどのようになるのであろうか。取組面積は拡大しているようである。(H21 16千ha(0.4%) → H29 23千ha(0.5%))また、有機食品の市場も拡大しているようだ。(市場規模H21 1300億円 → H29 1850億円、ほとんどすべて「有機」を購入している者の割合H21 0.9% → H29 1.68%) 劇的な変化ではないが、堅調に拡大している。それでも、欧米の規模から比べると、割合が1ケタ小さい。大きなパラダイムシフトでも無い限り、欧米並みになるとはとても考えられないが、今のペースで拡大を続け、現状の2~3倍の規模を試す展開になるのではないか。そのときの日本社会の有機農業に対する考えがどのように変化しているのか、楽しみではある。

※参考資料
「有機農業をめぐる事情」令和元年8月 農林水産省 生産局農業環境対策課
「有機農産物等の市場拡大の要件」 堀内芳彦 農林金融2019・7 農林中金総合研究所