そういう話があることは前から知っていたが、正直、興味も関心も無かった。農民の生殺与奪がお上に握られていることなど、昔からの話。(今回はそんな大袈裟な話ではない。)だから、為る様に為るしかない。興味も関心も無いのである。日本のほとんどの農家も同じ意見であろう。容易に想像がつく。
しかしながら、あまりにも話が盛り上がっているようなので、少し気になって色々見てみることにした。そうしたら、どうもその議論の内容に居心地の悪さを感じてしまい仕方がないのである。改正反対派の主な意見はそもそも論外、議論に値しないので、ここでは触れない。賛成派の意見に、どうしても納得がいかないのである。
種苗法の改正が目指されたきっかけは、日本の優良品種が海外に流出、生産され、日本の農産物の輸出機会の損失が起きたからだ。(ぶどうのシャインマスカットなどが有名な話。他にも多数ある。)確かに、日本の優良品種が無断で海外に持ち出され、日本の農業の損になるようなことはあってはならない。これは誰もが同意するところだろう。そして、今回の改正案では、その手段として、種苗法の改正により、品種のより強い保護を実現しようとしている。改正のポイントは色々あるのであるが、今、一番議論のポイントとなっているのは、最近開発された新しい品種(登録品種)の自己増殖(種取り、接ぎ木、芽を増やす、など)を許諾制にするというところだ。
一言で言うと、海外流出防止の為に、自己増殖を許諾制にするという、議論のすり替えが起きているところに、全く納得が行かないのである。農水省の資料によると、品種の ”育成者権者の許諾の下で増殖を⾏うため、増殖を⾏う者や場所の把握が可能となる。その結果、⽬の届かない増殖がなくなり、違法増殖からの海外流出への対応が可能となる。” とある。許諾をもらう制度になったからと言って、海外流出を本当に抑えられるのか?何故、目の届かない増殖が無くなると言えるのか?違法に海外に持ち出すのに、許諾など得るだろうか?
許可制にしたから、許可のないものはそもそも無くなるから、海外に流出しなくなるとなど、なんと浮世離れした、御目出度い、非現実的な話なのだろう。
海外流出防止の対象と、自己増殖の許諾制の対象は、一部関連はするが、基本的には独立した話だ。その論理的な関係性を、賛成派も反対派も良く理解していないようなのである。だから、なんだか議論が訳分からないようになっているようにしか思えないのである。その論理的関係性を纏めると、正しくは、下記ベン図のようになるのでないかと思う。
海外流出防止の対象と、自己増殖許諾制の対象は、一致しない。故に、自己増殖許諾制は、海外流出防止のための必要条件でもなければ、十分条件でもない。それにも関わらず、自己増殖許諾制⇒海外流出防止とする議論は大変な横暴であり、とんでもないすり替えである。品種保護の為に許諾制とする、というのであれば、海外流出防止と切り離して、独立した話として議論すべきだ。そこのところの議論のすり替えで何だか訳が分からないようになっているから、反対派に余計な疑念を生じさせる余地が生まれるようになっているのではないか。今一度、海外流出防止の為に、どのような条件が必要十分なのか、見直した方が良いと思う。現在の法体系との整合性はよく分からないのではあるが、今でも自己増殖した種苗の譲渡・販売は違法であるのだから、その厳罰化、取締強化、機会損失被害額に基づく罰金制裁など、より有効で現実的な方策があるのではないか。
そして、自己増殖許諾制にすることによって、海外流出とは無縁の大多数の普通の農家の負担を増やすことに意味があるのであろうか。海外流出防止という大義名分が無くなったとしたときに、自己増殖許諾制が求められる社会的背景はあるのだろうか。誰が許諾を管理するのか。社会のメリットに対して、コストが大きすぎないか。この点については、さらに突っ込むところがあって、そもそも簡単に自己増殖できる品種は、民間の種苗メーカーは手掛けていない(だからF1という一代限りの種がこれほど広まる背景にもなっている)。開発しているのは、大概、国や県などの公的機関が多い。ということは、開発の原資は税金なのだから、そもそも公共財的な性格を初めから持ち合わせているのに、手間暇かけて許諾までするコストが、品種を守るメリットに見合うのであろうか。
種苗法改正議論において、どうしても腑に落ちない点を書き記してみた。一農民としては、決まったことを決まったままのように従うしかないのではあるが、それでも論理的に正しく、納得の行く制度になって欲しいと願う。お上に生殺与奪が握られているというのも間違いないのではあるが、行政も農家も、本質的には日本農業の成功のためのパートナーであるはずである。本当に農家にとってプラスとなり、日本の農業が栄えていくよう、共に力を合わせて進んでいけることを心から願う。
2020年7月1日追記:
最近、種苗法の専門家と話をする機会を持つことが出来た。大分議論をしたが、許諾制が、流出やその前段階の増殖を、現状より取り締まりし易くなることは否めない(増殖の利用条件が明示され、違反行為が明確になるため、また、未許諾の増殖は即時差止ができるため)。但し、一番重要な目的である海外流出を止める実効性を持つかは疑問である。また、その疑問のある実効性に対し、無縁の多数の普通の農家まで管理するコストに見合うかも疑問である(それでも、よくありそうな、うっかり流出やまあいいよいいよ、という流出を予防する効果はあるだろう)。尤も、海外流出は、特に確信犯の場合は、現在のいかなる法律を持ってしても止めることはできないだろう。一般犯罪がこの社会から無くならないのと同様である。海外流出防止は、実に難しい課題である。
なお、国内で栽培地域を指定できることは、域外流出防止に非常に有効に作用するだろう。なぜなら、指定地域外で栽培しても、販売したら、その時点で摘発されてしまうからである。販売できないものを栽培することに当然ならない。栽培地域の指定、故の、産地振興は、今回種苗法改正の非常に素晴らしい点と思う。
さて、自分としては、今後の成り行きを静かに見守り、新時代とそのルールに従おう。