農業生涯現役宣言 (農家が働き続けるその理由)

自分は、身体が動かなくなるまで、畑に出続けると思う。だから、ここに農業生涯現役宣言をしたいと思う。そしてこの考えは、農家ならば決して特別な考えではなく、多くの農家が考えていることであると思う。腰がものすごく曲がって、歩くのも覚束ない農家のお爺さんが、亡くなられる直前まで畑に出続けていることなど、よくある光景で、よくある話なのだ。何が農家をそうさせるのか。何が農家をそう駆り立てるのか。そこには浅い理由だけではなく、これまでこのブログで書き綴ってきたことと共通する深い理由もあるのではないかと思う。そこで今回は、宣言と共に、その様々な理由について話をしたいと思う。浅い理由から深い理由まで、全部で5つの理由をあげたいと思う。

まず1つめは、農業は他の自営業と同じく、定年が無いから、と言えると思う。自分が続けられる/続けようと思う限りは、いつまでも続けられる。むしろ、農家は一般の人と違い、生産手段を有している状況であるから、使い続けようと思うのかもしれない。また、長年仕事として続けた農業が日常の習慣となり、その習慣を続けようと思うのかもしれない。

2つめは、収入面から、農業を続けていくのに十分な理由があるからであると思う。卑しい話になるが、会社員が定年して手厚い厚生年金で暮らせる程、普通の農家は年金を得られないので(農業者年金という厚生年金に相当する付加年金はある。ただし、入っているという話をあまり聞いたことが無い)、働かざるを得ない、という側面もある。また、暮らすには十分な状況であっても、孫の為に小遣いを稼ぎたい、という願望を持つ人もいる。(その為にダンピング的な過当競争が起こり、専業農家が苦労するという側面があるが、ここでは深堀りしない。)

3つめは、畑の維持管理という側面から、農業を続ける、という選択肢が取られ易い。特に、後継者不足で、他に畑の面倒を見る人がいない場合、自分がどんなに高齢になっても、続けざるを得ない。畑を畑でなくす、つまり放置して荒地、耕作放棄地にする、という選択肢は、そういう畑も増えてきてはいるのではあるが、農家ならば、なかなか取ることの出来ない選択肢である。それは土地が荒れ、畑として維持できないと、場合によっては相続税の納税猶予が解除される、自分の子への相続のときに不利になる、というつまらない理由があるだけでなく、自身が慣れ親しんだ、ある意味、自分の命が養われた場所を捨てることと同じでもあるからである。また、畑を荒らすと、病害虫や雑草の温床となり、周囲の他の農家、同じ村の人に迷惑を与えることになるので、地域共同体の中で生活をしている農家としては、周りに迷惑をかけ、村の輪を乱すようなことは、とても出来ない。この様に、言及されることはほとんど無いが、農業は、撤退障壁が非常に高い、特殊な産業である。

4つめは、農家としての美学がある。前項で触れた、畑を綺麗に管理しておきたい、自分の目の黒いうちは、畑のままで置いておきたい、というのは、普通の農家ならば普通に思うことだ。また、うちの家業は代々農家であって、自分は死ぬまで農家である、というのも立派な生き方である。また、農家としてプロフェッショナルであればある程、これは農家に限らないのだろうが、一生、腕を磨き続けようとするプロフェッショナリズムは、褒め称えられるべきことであると思う。

最後に5つめは、これが最も深い理由に思うのだが、これまでのブログでも書き記してきたように、多くの農家が無意識のうちに考えている、農業者だからこそ得られる価値観があると思う。つまり、農業は自然相手に行う仕事であり、その自然の中では、生きるために常に闘い続けることが当然である、という考えがある。むしろ、常に闘い続けることこそが、生きることそのものであり、それが、自然の中で、自然と共に生きる、生命本来の姿、あり方である。だから自身の運命は、すぐ隣にある草や虫と同じ様に、少しの雨や風で滅びるかもしれないし、あるいは天候に恵まれて栄えるかもしれない。その中で出来ることは、ただ、休みなく一生懸命働き続けることしか無い。だから、生きるとはどういうことか、身をもって痛感している農家ならば、身体が動く限り、この仕事を辞めようなどと思わないのではないか。

以上、農家が生涯仕事をし続けようとする理由について纏めてみた。その理由は様々で、目先の利益に関するところから、人生観に関するところまである。そして、どれも十分な理由で、納得の行く理由であると思う。一般にはあまり知られていない理由もあると思うが、農家は実に合理的主体として合理的に、自身の仕事を続ける判断をしていると思う。

その中で、自分も多くの農家と同じように、一生、身体が動かなくなるまで、この仕事を続けて行こうと思う。自分の仕事がどんなに発展して、変容したとしても、足元の土を握りしめ、この大地に、畑に、立ち続けていこう。