農家の”資格”

農家とはどのような人を指すのであろうか?
最近、考えることが多いのである。

農家の言葉の意味は、辞書によると「第一次産業である農業を家業としている世帯や、その家屋のこと」ということらしい。業として農を営む者、至極まっとうな定義である。
ただ、この定義だと実際に判断するのに非常に曖昧で、農水省の定義を引いてみる。それは、「経営耕地面積が10a以上の農業を営む世帯または農産物販売金額が年間15万円以上ある世帯」(1990年世界農林業センサス以降の定義)。

この農水省の定義は、非常に分かり易いのであるが、現実には、色々と疑問が出てくるのである。 1)自分で管理している農地が10a以上は一応あるのだが、そのほんの一角で自分で食べる分だけを作っていたら、農家となるのであろうか? 2)今は、自分の代では、全く農作業はしていないけれども、昔からの農家の生まれで家を継いで、農協の正組合員他の資格も継いでいる人は、農家なのか否か? 3)一方、自分のような新規就農者で、収入を得る手段として農業はしているが、伝統的な農家の生まれでないと、農家と呼ぶのに相応しいのだろうか?
ぱっと思いついた3点について以下に考察を深めてみたい。特に、3点目は、自分の立場にも関わるだけに、深刻な視点でもある。

まず、1点目の、自分で管理している農地が10a以上は一応あり、その一角で自分で食べる分だけを作っている人についてであるが、これは当然、農家とは呼べないだろう。畑を全面利用はしないのだが、税金対策その他の為に、その一角でちょこちょこと作物を作っておく、という話は非常に多い。それで、畑一枚全てを畑として利用していると主張する輩が多いのだが、畑の管理と畑の経営は全く別の話だ。”経営”の意味が、営利あるいは自己の消費を目的として、という意味に捉えるのであれば、実質的に作付けがなされている面積で判断されるべきで、もし作付がほんの一角で、10aに達していないのであれば、農家とは呼べないはずである。むしろ、農水省による”販売農家”(経営耕地面積が30a以上または農産物販売金額が年間50万円以上)という定義の言葉があるのだが、これ位のレベルにならなければ、農家と呼ぶには相応しくないと思う。また、時々言われているが、自給的農家(販売農家以外)を農家として扱うのは本当に適切なのだろうか。

次に、2点目の、全く畑仕事はしないのだけれども、農家の後継ぎで農協や集落その他の集まりでの資格を有している人については、なかなか扱いが難しいところである。畑仕事をしない以上は、当然農家ではないのであるが、同じ集落の中で暮らす以上、角が立つようなことは当然言えないし、出来ないので、これまで通り、”農家”としての待遇を周りから受け続けるのである。また折しも、農家の数、コミュニティがどんどん縮小している今の時代、少しでも農家の輪から人が減らないよう、周りも気を使う。

最後に、3点目の新規就農者については、収入を得る手段として農業を営んでいるだけでは、農家とは言えないだろう。やはり農家とは、単に経営上の問題だけではなく、それなりに社会的な地位が反映されて初めて与えられる”称号”である。その社会的地位とは、集落のコミュニティでのメンバーシップを得ていること、農協の正組合員であること、そこに所有している土地があることなどがあると思う。逆に、新規就農者で自分の事を”農家”だと言う人が少ないのが、その事を逆に証明しているようにさえ思う。
余談にはなるが、少し前に農協改革で、散々、農協が叩かれたが、農協とは農家の集まりそのものであり、農家の集まりは農協そのものである。農家であるならば、やはり農協の正組合員であることが好ましく、農協の正組合員なら農家であるとは言いにくいのだが、農家であることを示す重要な社会的地位であると思う。

以上、”農家”の定義の実際について考えてみた。農水省が決めた定義通りに割り切れないのが農家の実際である。経営上の問題だけでなく、周囲の人々との気持ちの関わり合いもあって、”農家”として認められるか認められないかが決まってくる。これはもはや、農家とは、”定義”によって決められるものではなく、まるで”資格”のように、周囲の人々に認められるかどうか、ということではないだろうか。

ここまで話をして、翻って自分自身を省みたい。経営的な指標は当然クリアしている。日々、畑に出て仕事もしている。そしてまた、周囲の方々の温かいご支援があって、集落の輪の中に入れさせて頂いた。農協の正組合員にもなり、自分の地所も持った。就農5年程経った頃から、ようやく自分自身のことを胸を張って、「自分は農家だ。」と言えるようになった。逆に、それまでは躊躇いしかなかった。

これからは、いち”農家”として、胸を張り、誇りを持って、この仕事を続けて行こう。
そして、この国全体の農業に貢献できるよう、頑張って行こう。

植物工場の”不都合な真実”

近い将来起こりうる食糧危機の救世主かのようにも語られる植物工場。
自分も、学生時代は、植物工場しかその手段がないように、また、日本の農業はその道に進むべきと思ったことがあった。しかしながら、今は全くそう思わない。植物工場などナンセンスだ。それは農業の実際を知り、植物工場をいくつか見てきた中で、そう判断できたからだ。

どうもこれは日本の悪しき風潮なのではないかと思うが、目新しい技術が出てくると、世の中が勝手にその方向に向かって、”良くなる”と思い込んでしまうようだ。マスコミ等メディアでも、良いイメージばかりが伝えられるが、実際そんなに上手くいっていない。現に、日本施設園芸協会によると、2017年時点で、黒字の植物工場(人工光型)は、たった2割しかない。つまりほとんどの植物工場は経営として上手くいってないわけだ。

でもそれは当然だと思う。それだけ植物工場の運営にはマイナスポイントが多いからだ。関係者・マスコミは何故そのような話を正しく語らないのだろう。その普通語りたがられない”不都合な真実”を、ここでは明らかにしていきたいと思う。

なお、植物工場の言葉の定義も厄介で、慣行のビニールハウス栽培から、いわゆる完全な植物工場型まで、連続的に様々なタイプの施設栽培があり、どこからが植物工場と言い切るのはなかなか難しい。しかし、ここで植物工場とは、いわゆる一般的に一番イメージされ易い、閉鎖空間で人工光を用いた栽培をする施設を指すことにする。

さて、そのマイナスポイントだが、3点ほどあげたいと思う。

1点目は、品質の問題である。これは閉鎖空間で人工光を用いるから当然なのであるが、作物は軟弱にしか育たない。また、多くの場合、水耕栽培だ。すると、どうなるかと言うと、関係者が口を揃えて言うのは、3日で”溶ける”というのである。”溶ける”というのは、農家がよく使う言葉なのだが、腐るのではなく、作物の組織自体が崩れていくのである。3日で崩れるようでは、はっきり言って商品にならない。完全に隔離された環境で栽培されて無農薬だとか、洗わずに食べれるなどといくら言っても、すぐ”溶ける”のはいかがなものか。なお、露地で野菜を作っていても、大雨が続くと野菜が部分的に溶けることがある。農家の立場からすれば、植物工場の野菜がすぐ”溶ける”くらい、容易に想像がつくことなのだ。

品質では、味の点でも疑問である。植物工場の野菜が美味しいとまことしやかに語られることもあるようだが、普通の農業であっても、ハウス物の方が露地物より味・風味が落ち(あくまで一般論であり、時季、栽培方法等多くの影響で変わる)、水耕栽培が土耕栽培より味が落ちるのは(これも一般論)、言うまでもないことだ。ましてや、完全閉鎖で、雨風その他の攪乱が無く、水耕で、太陽光よりずっと弱い光で軟弱に育った野菜の味はどうなのであろうか。きっと、美味しいという意見がでるのは、水分量が高いことと、採りたてを食べているから出てくる意見なのだろう。

2点目は、コストの問題である。植物工場では、光の照射に大量の電気を必要とする。また、閉鎖型であるが故に空調(冷房)にも電気が必要である。光を作るために費やす電力は最終的には熱エネルギーになってしまうのだから、特に夏場は高温になる。一方で熱を起こし、一方で冷やすとは何とも無駄なことだ。また、水耕栽培では水を大量に使用する。その水は、栽培そのものよりも、設備の洗浄にそのほとんどを使用しているようだ。養分の含まれている水を流しているのだから、魚を飼う水槽のように、大量の藻が発生するのである。よく写真で見る食品工場のようなきれいな植物工場を保とうとしたら、その洗浄は大変なことだろう。

3点目は、栽培品目が限られること。水耕の植物工場の場合、根菜は不可能だ。また、収穫まで時間がかかり、スペースも取る穀物、果菜類も現実的でない。そうすると、成長が早く、すぐに収穫できる葉菜しかないということになる。その中でも、価格に見合うようにするとしたら、非結球レタスかベビーリーフ位しかない。実際、植物工場の事業者の栽培品目はこれらに集中している。これだけの種類しか作ることができない植物工場に、社会的にどれほどの意味があるのか。

植物工場の、一般には語られることのない、マイナスポイントについて纏めてみた。これだけ”不都合な真実”が積み重なっているのだから、植物工場の運営が上手くいかないのも十分納得がいく。さらには、普通の農家が作物の販売に苦労し、収益の悪さに喘いでいる環境下で、生産物を販売しなければいけない。まるで良いことがないようにしか見えない。関係者やマスコミ等メディアには、事実を正しく伝えてほしいと思う。その上で、有用性について議論や検討がされれば良い。行政も支援や規制緩和には、冷静になるべきだと思う。

否定的なことしか言わなかったが、今後、技術革新が続けば、植物工場が世に拡がる日が来るかもしれない。また、人類が宇宙に進出するときには、必要な技術になるだろう。ただ、それまでは、非常に限定的な応用になるはずだ。

奇跡のリンゴを食べてみた

昨秋、かの有名な木村秋則氏の”奇跡のリンゴ”を食べる機会に恵まれた。
自分も研修時に、奇跡のリンゴの本を読んで、それなりに感銘を受けたりしたものである。そして、実際に食べてみたいと探しはしたのだが、実現に至らず、そして遂にその願いが叶ったのである。

手に入れたうちのいくつか。もう少し大きいものもあったが、テニスボール大。

その感想なのであるが、誤解を恐れずに書こう。りんごはもっと美味しいと思う。
ネット上には様々な記述があるようだが、自分は一農業者の視点としてそこに一意見を加えよう。
自分は果物は専門でないし、その経験のほとんどは野菜である。しかしながら、このリンゴを切った時、食べた時にすぐ分かったことは、このリンゴは明らかに肥料不足で生育不良である。そういう味がする。野菜でも同じような生育状況のときに、同じような食感、味になることがある。この実の詰まり具合、組織の硬さは、すーっと健やかに育った場合は、起こらないことだ。味の表現は難しいのであるが、味・香りに欠けるところがあり、全体的に力強さが不足し、アクとはまた違う特有の渋を感じさせる。

否定的な書きようのようであるが、決して美味しくなかった訳ではない。普通に美味しく頂くことができた。一般に売られている状態の悪いリンゴよりは美味しい。ただ、自分が買いたいと思って買い求めるりんごの程ではなかった。あと、参考に、リンゴの切り口が茶色く酸化したのは、普通のりんごよりずっと早かった。

野菜を作っていて思うのは、果物で無農薬はとうてい無理だろうということである。野菜はまだ短期間だから、また、病害虫への抵抗性が果物よりはずっと強いだろうから、果物は不可能だろうと思うのである。その中で、特に病虫害に弱いリンゴを無農薬での栽培を実現したという氏の功績は確かに称えられるべきことと思う。自分も昔、地方在住時にりんごを植えたことがあったが、度重なる病害虫であっという間に枯れてしまった。

さて、前段が長くなったが、今回このリンゴを食べることができて思ったことの中心は、単に上記味の感想ではない。そこから派生して2点ほど常々感じていることを、再度思い直した。やや話が一般化し過ぎるが、また安易な一般論の展開は論理的な正しさとは相容れないものではあるが、常日頃思うことであるので、記したいと思う。

1点目は、自然栽培に対する疑問である。自然栽培という言葉の定義自体がそもそも非常に曖昧なのであるが、肥料を施さないのが自然栽培であるとすれば、それで良いものはできないと思う。良いというのは、ここでは、作物が健やかに丈夫に育って、結果として食べて美味しいという意味である。生産マネジメント的な考え方をすれば、アウトプットを得るために、必ず十分なインプットが必要だ。作物というアウトプットを得るために必要な主なインプットは、水、二酸化炭素、光、養分である。(決して土ではない。)インプットをせずして、アウトプットを得ようとするのは、それはまるで無から有を生むようなものだ。もしそのような主張をするようであれば、それは、物理の最も基本的な法則である、質量保存の法則に反することだ。作物に養分=肥料は必要である。

実際、作物を作るのに施肥基準というものが各都道府県の農業試験場によって作られている。そして、それより多くても少なくても作物の出来は悪くなる。そのような場合は、病害虫もあっという間に増えて広がってしまう。食味も当然悪くなる。逆に、生育に丁度良い施肥ができると、作物は、見るからに伸び伸びと丈夫に育っていて、病害虫もほとんど発生しないものである。味ももちろん良い。
インプットを適切に管理することは、アウトプットを適切に得るためには、必要なことだ。そして、屋外で人間が一番コントロールできるものは養分=肥料であるはずだ。だから、自然栽培については、非常に疑問に思うのである。

話はさらに逸れるのではあるが、そういう自然栽培の考え方は、非科学的であると思う。自分は、非科学的・非学問的な主張、考えをするのは大嫌いだ。確かに、科学・学問は万能ではない。分からないこともある。また、現実社会では、商業的になりがちだ。しかしながら、この世の中で最も”もっともらしい”考えは、科学的・学問的な考え方であるはずだ。もし、非科学的・非学問的な考えを採用するのであれば、それは現代文明やそれを築いた人類の英知を否定することと同様である。だから、自分は科学的・学問的に考えたい。そして、自然栽培の考えには同意できない。

さて、2点目であるが、上記1点目を踏まえて、一部の小売・メディアによって、自然栽培が良いとする考えが必要以上に増幅されているようなのが気になる。表現の自由は守られるべきであるから、各人の主張の行為は認められるべきなのだが、農業を生業としたことがない、またそれを生業とすることの苦労を分かっていない外野が、さも分かったかのように流布するのには、強い違和感を覚えるのである。施肥が上手く行き、作物が丈夫に育ったときに病害虫がほとんど発生しないことなど、有機農家でなくても、まともな農家ならば、誰もが知っていることだ。逆に、施肥が乱れると、あっという間に病害虫にやられてしまうことも、皆知っていることである。知らないことは罪ではないが、十分実際を知らずに極めて一面的な主張をするのは罪深いことだ。

リンゴを食べて多くのことを思った。
世の中に広く、このリンゴと同様に、農業の実際を知ってもらいたいと思う。
それを強く願っている。

農家に見る日本人の気質の特徴

日本人は、こういう気質・性格の特徴がある云々、正しいのか正しくないのかよく分からない論理性に欠ける議論は正直嫌いだ。また、そういう議論はあまりしたくない。しかしながら、今回はご容赦願いたいと思う。なぜなら、日々、農家の方々と接していて、ああ、これが日本人の伝統的な特徴ある気質なんだなと強く思わざるをえないからである。

その気質についてであるが、3つ程あげたいと思う。
1つ目は、謙虚で控えめであること。農家の方々は、実に自分のことを控えめに言う。自分は能力があるのだとか、成功したのだ、みたいなことは言いたがらない。ましてや、これだけ儲かった、稼いだみたいな話は絶対にしない。せいぜい、単価が良くて嬉しかった、程度である。会社の国際化が進展していく中で、自己のプレゼンテーションを正しくすることが求められている現代サラリーマンの感覚からしたら、驚くほど控えめである。

2つめは、人のことを悪くいわないこと。ここが一番驚いたことなのであるが、噂話で人のことを非難するような口調で話をすることは絶対にしない。会社勤めのサラリーマンが、職場の人と飲みに行って、誰かのことの悪く言ったり、非難するのと同じ様に、話をする農家の人は皆無である。また、そのような話の流れは非常に嫌がる。但し、村の和を乱すものに対してはやや例外的である。また、ついでではあるが、村八分というのは、今のようにテレビ等楽しみ方が無かった時代の娯楽、酒のつまみであったらしい。外から見るのと、内から見るのでは大分印象が違うものである。

3つめは、お礼を欠かさないこと。農家社会はそもそも交換経済の社会なのではあるが、その一翼を担っているのがお礼の文化であると思う。とにかく、人から貰ったり、してもらったときのお礼は厚いくらいに返すのである。下手に気軽に農家の人に何かを差し上げたりすると、文字通り倍返しにあう。逆に、お礼を欠かしたり、十分でなかったりすると、悪く言われていることもあるようだ。それが恐ろしくて防衛的にという面も無くはないのであろうが、農家の人々は元々が気前の良い方ばかりだ。その善意から自然と出てきている面の方が強いのだろう。

さて、農家が日本人の気質の特徴をよく表していると思える点について、3点ほどあげてみた。現代の会社生活を営む人には薄れてしまった感覚ばかりだ。むしろ、今の世の中では、あまり歓迎されない資質なのかもしれない。だからこそ余計に、これらの日本人の伝統的で特徴的だと言われる気質が、農家の方々には色濃く残っていることを深く感じるのである。

しかしながら、よく考えてみると、これらの気質は、農家の暮らしの中から、必要があって生まれてきたもののように思える。今の農家社会であっても、同じ集落の人々との付き合いは切りたくても切ることができないものだ。一昔前の交通手段もそれほど発達していない頃などは、尚更、その付き合いは深く濃いものであっただろう。その中で、お互い助け合い、災害時などは協力しあって、村のみんなで生活してきたのだ。その中で、皆が平和で仲良く暮らすために、上記3つの気質は必要不可欠なものであったはずだ。むしろ、日本の農家社会の中で、自然発生的に生まれてきた気質なのである。そして、日本人のほとんどが農民であった時代の名残を引き継いで、現代日本人社会にあっても未だに上記気質を受け継いでいるのであろう。
農家の方々を見ていて、深く納得したのである。

話が長くなるが、あと我慢強いというのも農業所以であると思う。自分が少量多品目で野菜をやっていても、忍耐を日々の作業の中で求められるのに、何かの品目の専業の農家の方々などは、ましてや、米一本の農家の方々などは、どれだけの忍耐を求めらるだろう。更には、機械などなかった時代の田んぼ作業などは、気が遠くなるほどであったはずだ。日本人の我慢強さは、代々引き継いできた資産とも言えるべき、気質なのであろう。

春の季節

3月に入り、まだ寒い日が続くものの、随分春らしくなってきた。
新しい命の息吹を感じ、新しい一年の始まりを感じるこの時期は、自然と心が躍る。一日毎に強くなる陽射しは、気持ちさえも明るくする。これから忙しくなるのを恐れているのではあるが、不思議とやる気が湧き、期待感と充実感が溢れてくる、実に幸せな季節である。

播いた種が一斉に芽を出す、その美しさに心惹かれる。ばっちり揃ったときなどは嬉しさで胸一杯になる。春は、春に採るものだけでなく、夏の野菜の苗も育てている。それらの苗がすくすくと育っていくのを見るのも実に嬉しいものだ。万一、逆になった場合は実に落ち込むのではあるが。苗半作、いや、苗七分、八分作と言われるほど大事な苗作りにおいて、気合いが入るのは自然の成り行きなのかもしれない。

良い一年にしよう。良く出来、良く採れて、体調を崩すことなく元気で働きたい。
信心などこれっぽっちもない自分でも願いを懸ける。
自然相手に仕事をしている者の、自然な祈りなのかもしれない。
それもこの季節の影響なのだろう。
幸せな春。

正月の意味

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

さて、正月についてなのだが、農業を始めて段々とその意味深さが分かるようになってきた。昔は、まとまった休みがとれ、皆一斉に帰省し、好きでもないおせち料理を食べなければいけない、むしろあまり気が乗らない時期としか思っていなかった。更に言うと、年々普段通り開いている店も増え、本当に何か意味がある休みなのかとさえ思うようになっていた。ところが、農業の視点から見ると全く違うのである。実に生活と密接に関連した、いやむしろ、生活から自然発生的に生まれた、必然的な時期なのだ。

その理由なのだが、まずもって、正月は農家にとって、一年でこの時期しか休むことができない、特別な時期であるということ。春夏秋は、作物の成長と共に仕事に追われ、一日たりとも結局休むことはできないのだが、一年で唯一、作物の成長がほぼ止まり、新しく作物の種を播くことができないこの時期だけ、まとまって休むことができる。休みなく毎日働くのは結構大変で、ゆっくり休める正月は本当に貴重なのだ。正月はしっかり休む農家が多いが、その訳がよく分かる。

また、単純に休める時期であるからというだけが理由ではない。ここで、昔からの伝統的な旧暦の考え方を照らし合わせるとさらに特別な理由が良く分かる。厳密には違うのかもしれないが、旧暦的な考え方をすると、お正月の三が日が終わると、節分を経て立春となる。そしてこの立春の頃というのは、陽の強さが増し、啓蟄の頃とは言わないまでも、何となく虫や草木が動き出し、生命の息吹を感じ始める、正に、新しい命と新しい年のサイクルの始まりを感じさせる頃なのだ。自らの生活の中で、新しい命と新しい一年を迎える、その始まりとしての正月は、実に特別な意味をもった時期なのである。

旧暦と縁の薄くなった現代の生活では、なかなか正月とその休みの有難味を感じ難いかもしれない。時代と共に、文化とその結果である伝統も変わるのだからそれも仕方ないことだと思う。しかしながら、正月の深い意味とその有難さを理解し、感じることは素晴らしいことだと思う。その上で、現代風に、農家の伝統に反し、正月からしっかり働くのが良いと思う。今年は3日から販売開始します。

冬の仕事

ブログの更新がかなり長い間滞ってしまい、大変申し訳なく思う。
冬は時間が作りやすい季節なのではあるが、この前の冬は、なかなかに忙しかった。そこで今回は、ブログ更新が滞った言い訳をさせて頂くため、題して「冬の仕事」について。

農閑期という言葉があるくらいなのだから、冬は外に出る仕事が少なくなる季節であるのは確かである。作物はほとんど成長しないし、寒くて新しく種を播くこともできない。畑からは、だんだん作物が減る一方である。逆に言えば、一年でこの時しか農家は休むことができない。だから、農業を始めた時、正月休みというものが農家にとって、或いは、日本の伝統的な生活様式において、いかに特別なものであるのか妙に納得がいったものだ。

しかしながら、こういう時にしかできないこともある。圃場の整備であったり、道具の製作や手入れなどである。そうすると意外にやらなければいけないことが沢山あり、そんなこんなをしていると、あっという間に種を播く時季になって、苗の世話に日々付きっ切りの生活に遷るのである。ちなみに、当地では早い人では正月が明ける前に、夏野菜の種をもう播き始めている。

そして、それ以上に冬にしなければならない重要な仕事が次の一年の計画である。計画とは、主にどこで何をいつどれくらい作るかという作付計画であるのだが、パズルと言うよりむしろ複雑系を解くようで、なかなかしんどいものである。しかも、計画には当然、過去の反省が付き物であって、過去のデータの解析、さらには学術論文も含めた調査・分析を行うため、かなり時間がかかる。簡単な言葉で済ませれば、PDCAのサイクルをきちんと回す、ということなのであるが、そんな言葉では済まされないような、綿密かつ実行可能な計画を作り上げることが必要なのである。トヨタ式ではないが、計画と実行に10%以上の差が出てしまうような計画を作るようでは、そもそも計画が間違っている。計画段階での失敗は実行で挽回することは絶対に不可能なので、徹底的に調べつくし、机上演習を行い、そして一年の計画を完成させるのである。

そんなわけで、非常に優先度が高いヘビーな事務仕事が冬に入ってきてしまい、ブログを更新することがなかなかできなかったのである。これが言い訳である。年間の計画を完成させるまで、気分が落ち着かず、他のことに手をつけられなかった。もちろん、ブログを更新できないでいることにも居心地の悪さを感じ続けていた。でもそれも今日まで。今夜は安らかに眠ろう。

農家の飲む野菜ジュース

医者の不養生ならぬ、農家の野菜不足。故の農家の飲む野菜ジュース。
普通の農家なら有り得ないことだろうが、我が家では普通に良くあることである。

理由はいくつかあるが、まず第一に、疲れて料理などする気になれない時が多々あること。そういうときは野菜など使って飯を食う時間をかけてられないのだ。そんなとき、野菜ジュースは重宝する。それで栄養が十分取れているとは思わないが、まあなんとなくそれらしい気になれるのだ。逆に野菜ジュースを飲まないでそのまま寝たりすると、どうも翌日寝起きに身体が重い。昔、農家でも収穫のピークの時など、繁忙期には栄養ドリンクを飲んだりすると聞いて吃驚したが、野菜農家が野菜ジュースを飲むのもまたずいぶんおかしなことだ。

第二に、商品になる物には決して手をつけないこと。普通の農家なら、自分で食べる分は自分で作っているものであることが多い。その方が買うよりも安いからだ。また、当然プライドもある。スーパーで買うなんて馬鹿馬鹿しいと考えている。だから、農家の手元には通常野菜がたくさん余っているのであるが、自分の場合は全く違う。できる限り売れるものは売りたいし、野菜を食べるなら、出来る限りスーパーで買って、自分のものと比較をしたいと思っている。一般の消費者が普段どのようなものを食べているのか、同じ目線で理解しておくのは、食に携わる者として必要不可欠な行為だと思う。(それでも売り物にならない野菜を消費するだけで精一杯で、なかなかスーパーの野菜に手が出ないのではあるが。)

第三に、昔からの習慣であるのと単に野菜ジュースが好きであること。サラリーマン時代は、昼夜会社で弁当が普通であったので、野菜ジュースをいつも合わせていた。その習慣が未だに抜けない。また、習慣を通り越して、野菜ジュースそのものが好きになってしまった。まあ、今では好きで飲んでいるのだから、別に悪いことでも何でもないのではあるが、今となってはなんとなく不自然なことではある。

野菜ジュースを飲む行為を、今後も止めることはないだろう。時間を買うためにも必要不可欠である。普通の農家の感覚とはかなりずれているとは思うが、こういうサラリーマン的な感覚の農家がいても悪くないのではないか。野菜ジュース万歳。

数日前、美しい空だと思い、写真を撮った。
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こんなことを思えるのも、屋外で仕事をしている農業の特権の1つなのかもしれない。

但し、いつも空を愛でているわけではない。大体、そんな空を見上げているほど気持ちに余裕のあることなどほとんどないのだ。それに空はよく見上げるのではあるが、それは大概、雨が降り出しそうなときのことであって、雨に怯えながら、天気とにらめっこをしていると言ったほうが正しい。そうでない時は、逆にいつも地面とにらめっこをしていて、黙々と作業をしている。実際、80になるまで飛行機など見たこともないと言う農家のお婆さんも実際にいたりするのだ。空とは縁があるが、美しい空とはあまり縁が無い。

美しい空と縁がなかったのは、別に今始まったことではなく、サラリーマン時代からのことでもある。朝、満員電車に揺られて会社へ行き、そして、夜遅くに帰る。大体、空など視界に入ってこない生活だ。美しい空など望むべくもない。最終出勤日近く、定時に上がり帰路についたら、電車が川を渡るとき、美しい夕日の空が広がっているのを見て、ああ世の中はこんなにも美しかったのかと、思わず涙が流れた。今思えば、あれが農業と美しい空の関係の第一歩であったのかもしれない。

農業を行うようになって、空について一般の人と違う感性を持つようになったことがもう1つあって、それは雨の降り出しが分かるということである。これは別に第六感のようなものが働くと言っているのではなく、単純に見て分かるのだ。畑では見晴らしが利くので、遠くの方で雨が降っているのが見てすぐ分かる。雨が降っているところでは、雲が地面にくっついているようになっている。そして、雲の移動の仕方でその雨がこっちに来るか来ないのかが分かるのである。これは、アメリカのだだっ広い平野部を車で旅しているときに気付いたことでもある。今、同じ体験をしている。都会の”森”暮らしでは分からないことだろう。

あと、雨が降り出す前には、すうっとひんやり冷たい風が一瞬強く吹き、草木をなびき揺らす。近くで雨が降り出していることによるダウンバーストの一種なのだろう。

空に対する感性は農業を始めて大分変わったが、時には美しい空を愛でよう。
これも自然相手に仕事をしているご褒美なのだから。

登山と農業の良い関係

学生時代から、農業を始めるまで、10年以上に渡って山に登り続けてきた。そしてその事が今の仕事に大いに役立っている。元々アウトドア派であったから必然の事のようにも思えるが、むしろ偶然であると思っている。そこで、今回は、登山の経験によって農業に生かされたことについて纏めてみたいと思う。

まず、何よりも体力。登山を通じて得ることの出来た体力は何にも代え難い。通常の現代人の体力で農業は務まらない。人一倍、頑強な肉体を持っていることは、農業を行う上で絶対に欠かすことの出来ない必要条件だと思う。平凡なサラリーマン生活を送ってきた人が、思いつきで農業を始めるなんて、だから危険なことなのだ。自分は、ピークの時には40kg近くの荷物を担いで急斜面を駆け上がっても、息が切れることがなかった。今でも同年代の人に比べれば、はるかに力は強いほうだと思う。周りの農家の方を見ていても、力強い人ばかりだ。

次に耐久力。厳しい天候に対しての耐久力である。真夏の炎天下、極寒の風雨の中、雪の中、氷の上で作業をしなければならない時が普通にある。そんなとき、昔、山で経験したことがなかったら、きっと耐えられないだろうなと思うのである。灼熱の乾ききった登山道を上り下りしたこと、全身ずぶ濡れ泥だらけになりながら雨中の藪をかき分け進んだこと(山に行けば大概雨である)、吹雪の深い雪の中を埋もれながら進んだこと、そんなことしなくても良いのにと思うようなことを昔していたことが、今、厳しい天気に直面しても何とも思わないで済む糧となっている。

そして、技術力。ロープ、火の扱いは正にそのまま使っている。天気の読み方もそうだ。服装や体調のこまめな管理も非常に重要である。例えば、冬山では汗をかかないよう体温調節するのが基本であるが(汗をかくと命にかかわる)、畑でも余計な汗をかかないように服の管理しないと、痛い目を見る。他にも、バテないよう、作業中にきちんと水分とエネルギーを補給するのも重要なテクニックだ。

あと、意外で面白いと思うのが、野生の勘。山に登ると言っても、普通に登山道を行くわけでなく、春には山菜を摘み、夏には魚を釣り、秋には茸を採りながら、沢沿いに山を登る、沢登りと呼ばれる山登りを行っていた。そんな中、目敏く、山菜や茸を見つけられるようになった。自分の所属する山の会で、目が悪いのにきのこをやたら見つける人が、キノコ視力は1.5と言われているのを聞いて、思わず笑ってしまったが、でもそれくらいの野生の勘を持って、野菜に臨むことも大事なのだ。同じ収穫には変わらない。パッ、パッ、と作物を見つけなければいけないのだ。また時には、収穫だけでなく、虫や病気の早期発見に役立つ。

こう考えてみると、随分色々と昔の登山の経験が生きているのだと思う。だからこそ逆に、農業を始めようと思えたのかもしれない。最近では、山から随分と遠ざかってしまったが、いつかはまた山に帰りたいと思っている。そのとき、一体自分はどのように感じるのだろうかと今から楽しみに考えている。今度は、農業が登山にどのように良い関係になるのだろうかと思う。月明かりの中、作業をしていると、月明かりを頼りに山を下りたことを思い出し、そう思う。

自分の所属する山の会
グループ沢胡桃 ・・沢登り(と雪山)に特化した社会人サークルです。
http://www.sawagurumi.org/