農家の”資格”

農家とはどのような人を指すのであろうか?
最近、考えることが多いのである。

農家の言葉の意味は、辞書によると「第一次産業である農業を家業としている世帯や、その家屋のこと」ということらしい。業として農を営む者、至極まっとうな定義である。
ただ、この定義だと実際に判断するのに非常に曖昧で、農水省の定義を引いてみる。それは、「経営耕地面積が10a以上の農業を営む世帯または農産物販売金額が年間15万円以上ある世帯」(1990年世界農林業センサス以降の定義)。

この農水省の定義は、非常に分かり易いのであるが、現実には、色々と疑問が出てくるのである。 1)自分で管理している農地が10a以上は一応あるのだが、そのほんの一角で自分で食べる分だけを作っていたら、農家となるのであろうか? 2)今は、自分の代では、全く農作業はしていないけれども、昔からの農家の生まれで家を継いで、農協の正組合員他の資格も継いでいる人は、農家なのか否か? 3)一方、自分のような新規就農者で、収入を得る手段として農業はしているが、伝統的な農家の生まれでないと、農家と呼ぶのに相応しいのだろうか?
ぱっと思いついた3点について以下に考察を深めてみたい。特に、3点目は、自分の立場にも関わるだけに、深刻な視点でもある。

まず、1点目の、自分で管理している農地が10a以上は一応あり、その一角で自分で食べる分だけを作っている人についてであるが、これは当然、農家とは呼べないだろう。畑を全面利用はしないのだが、税金対策その他の為に、その一角でちょこちょこと作物を作っておく、という話は非常に多い。それで、畑一枚全てを畑として利用していると主張する輩が多いのだが、畑の管理と畑の経営は全く別の話だ。”経営”の意味が、営利あるいは自己の消費を目的として、という意味に捉えるのであれば、実質的に作付けがなされている面積で判断されるべきで、もし作付がほんの一角で、10aに達していないのであれば、農家とは呼べないはずである。むしろ、農水省による”販売農家”(経営耕地面積が30a以上または農産物販売金額が年間50万円以上)という定義の言葉があるのだが、これ位のレベルにならなければ、農家と呼ぶには相応しくないと思う。また、時々言われているが、自給的農家(販売農家以外)を農家として扱うのは本当に適切なのだろうか。

次に、2点目の、全く畑仕事はしないのだけれども、農家の後継ぎで農協や集落その他の集まりでの資格を有している人については、なかなか扱いが難しいところである。畑仕事をしない以上は、当然農家ではないのであるが、同じ集落の中で暮らす以上、角が立つようなことは当然言えないし、出来ないので、これまで通り、”農家”としての待遇を周りから受け続けるのである。また折しも、農家の数、コミュニティがどんどん縮小している今の時代、少しでも農家の輪から人が減らないよう、周りも気を使う。

最後に、3点目の新規就農者については、収入を得る手段として農業を営んでいるだけでは、農家とは言えないだろう。やはり農家とは、単に経営上の問題だけではなく、それなりに社会的な地位が反映されて初めて与えられる”称号”である。その社会的地位とは、集落のコミュニティでのメンバーシップを得ていること、農協の正組合員であること、そこに所有している土地があることなどがあると思う。逆に、新規就農者で自分の事を”農家”だと言う人が少ないのが、その事を逆に証明しているようにさえ思う。
余談にはなるが、少し前に農協改革で、散々、農協が叩かれたが、農協とは農家の集まりそのものであり、農家の集まりは農協そのものである。農家であるならば、やはり農協の正組合員であることが好ましく、農協の正組合員なら農家であるとは言いにくいのだが、農家であることを示す重要な社会的地位であると思う。

以上、”農家”の定義の実際について考えてみた。農水省が決めた定義通りに割り切れないのが農家の実際である。経営上の問題だけでなく、周囲の人々との気持ちの関わり合いもあって、”農家”として認められるか認められないかが決まってくる。これはもはや、農家とは、”定義”によって決められるものではなく、まるで”資格”のように、周囲の人々に認められるかどうか、ということではないだろうか。

ここまで話をして、翻って自分自身を省みたい。経営的な指標は当然クリアしている。日々、畑に出て仕事もしている。そしてまた、周囲の方々の温かいご支援があって、集落の輪の中に入れさせて頂いた。農協の正組合員にもなり、自分の地所も持った。就農5年程経った頃から、ようやく自分自身のことを胸を張って、「自分は農家だ。」と言えるようになった。逆に、それまでは躊躇いしかなかった。

これからは、いち”農家”として、胸を張り、誇りを持って、この仕事を続けて行こう。
そして、この国全体の農業に貢献できるよう、頑張って行こう。